2/06/2012

"女優スタイル"から連想した、米国60年代のオンナゴコロ






みなさまは、女優スタイル、と言われて何を連想しますか?

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ある朝、後ろから後輩がかけよってきた。
「あみさんって後ろ姿ですぐわかります、女優っぽいですよね。
そのコートとかバッグとか、ブーツとか」

ほぁ!!!!
そんなこと、いわれたことない。
全く女優顔じゃないし。(後姿なんだけど)

「女優!?って、誰?!」

動揺し朝からうわずる声。
質問しておきながら、頭に浮かんでいたのは、私の部屋のドアに貼ってある一枚のポスター。






オードリーの特段ファンというわけではなかったけれど。
"Tiffanyで朝食を"で著名なリトルブラックドレスを着つつも、サングラスに紙袋というきどらなさ。
毎日見ているものだから、無意識に選ぶ小物も影響を受けているのかな。

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オードリー、またはこの映画が愛される理由は日米で違うと思う。
日本で愛されるのは、、彼女が日本の女の子が求める「可愛い」にあてはまるからだと思う。
その小鹿のような無垢さ・可愛らしさ・細さを持っているから。
言い換えれば、女として成熟しきっていない印象。

対してアメリカでの、この映画の意味するところ。
彼女が登場する前の1950年代までのアメリカでは女優といえば金髪・グラマーな女性だった。
さらにいえば、女の子は専業主婦になるのが当たり前。
当時の平均結婚年齢は23歳!
豊かになったけれども、働きに出るわけではなかった。夫を送り出してテレビをつけてはぁ、と待つ、そんな時代。

そんなときに彗星のように現れたオードリー。
少年のようにか細い足に、好奇心と書いて見せたような目。
"ローマの休日"では豪華な衣装で上品なアンを演じ、"麗しのサブリナ"ではパンツスタイルで元気なサブリナを。
そして、”Tiffanyで朝食を”で彼女が演じたホリーは「その日その日を自由に生きる、奔放なNYの女の子」。
いつも自分のステータスを”Traveling”とあらわす、
その姿は時代を少し変えた新しい女性像だった。

ジバンシーのドレスを、ゴージャス以上に「小粋」に「奔放」に着こなす、
そこに人は新しさを覚えたのだと思う。
オードリーは、見事に時代の変化を演じて見せた。

実際60年代後半、女性たちは、「家族からの解放」を求めて動き出した。


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そういえば、この冬購入したのは黒いレザーのロンググローブ。
友人の結婚式の時にしていたシルクのロンググローブが好評で、
レザーでもほしくて買ってしまいました。





このときは着けてなかったけども、45cmもあって肘まで隠れるの。
シャーリングで長短併用、お気に入りです。
私はやっぱり、オードリーに影響を受けていたみたいです。