5/10/2012

女性の服からみるネパ–ル

前回の中国レポートの続いて、ネパールのアパレルレポートです!

先週、LunchTripCrewのなぁほとネパールへ行ってきました。
何でネパール?とよく聞かれるのですが、私の中では大学生の時から憧れの街。ボランティアでよく通っていたクラスの友人の写真に映っていた子供が可愛かったから。

考えてみればわたしはアメリカの他新興国メインで旅していて、中国もインドもマレーシアも発展目覚ましかった。
でも、同じ発展途上国でも、ネパールは率直に行ってインドや中国ほどの“勢い”はまだ感じなかった。ウィキペディアによると産業の1位が農業、2位が観光業。
埃っぽくて古くて、便利と思った事はあんまりない。
でも、人の笑顔が凄く素敵で、人を騙そうとせず、人の物腰が柔らかで。疑う事もしないし、町中で照れながら声をかけてくる。これが、きっとこの国が人を魅了しつけ続けてるんだろうな。わたしも大好きになった。次はトレッキングにいきたい!

ところでネパールはTraveler’s Destinationと呼ばれるという。
そういえばオーストリアのハプスブルク家を描いたミュージカルでも、主人公が「わたしもカトマンドゥへいきたいわ!パパみたい自由に旅したいの」という叫ぶシーンがあった。それくらい、ネパールは昔から旅行者の聖地なのですね。

首都はカトマンドゥ。範囲は東西に1km、南北2kmととても小さな都市。
カトマンドゥの5月は今の東京よりは少し暑いけれど、汗がだらだら出てむっとするような一般的な東南アジアとは決して違う。広州が本当に蒸し暑かったので、山の近くのネパールはむしろ肌寒いくらいだった。

街の女性を観察してみると、ネパールでは、3タイプの服をきた女性がいる。
多くはクルタ、そしてサリー、最後にジーンズの順に多い。
人口でいうと上記の順となるが、時系列で見るとサリーが最初でそのあとクルタ、そして最近都市部にはジーンズの若い女性が増えてきている。



【クルタ

多くの女性はチュニックにパンツのような服、クルタをきている事が圧倒的に多い

クルタは、正式にはトップスだけをさす。長袖で襟がなく両脇にスリットの入った長い上着の事ね。


そして、下に履くのはスルワール。裾は細く腰回りはゆったりと仕立てたズボン。
そこに胸元を覆い両肩がセットになったショールをつければ、できあがり。


、1990年代から都市部の若い女性を中心にサリーにかわるおしゃれな服として登場したもの。元々西北インドパンジャーうち法に多く住むシーク教徒の女性の民族衣装だったので、パンジャビドレスとも呼ばれる。


ジーンズ】
若い人に多く見られるジーンズ。ただし、首都カトマンドゥなど大都市でしかいないそう。

Tshirtとジーパンという服装に、メヘンディ(ヘナで描いた模様)をつけた女性
素敵なメヘンディ!

【サリー】
とはいえまだまだ、サリーを着ている人も多い。
特にナガルコットという首都カトマンドゥから2時間弱の小さな街では、
皆がサリーを着ていた。
この女性のサリーのすてきなこと!



カトマンドゥの伊勢丹と言える高級スーパーに行ってきた。
ネパール人は子供のおめかしが大好き。小さいドレスが山のようにうっている。

この可愛いクルタ、一枚700ネパールルピー(700円)くらい。
庶民の平均給料が1万から2万ルピーというから、どれだけこれが高い買い物かが分かる。
何でだろうと思ってタグを見てみると、生産地はほぼ中国。
中国広州で売られていたものと真逆に、なんと!と驚くほど品質が悪かった。
おそらく中国が4年前まで内需向けに作っていたようなレベル。物価もネパールの方がずっと低いから、こうなってしまうのかな。

ちなみに、ネパールでは毎日日中停電が3-4時間行われる。給水も同じ時間帯とまってしまう。これでは、電動ミシンも動かないし、他の第一次産業の発展は難しいみたい。

会社に勤めて知ったけれど、縫製工場って、戦争が終わって一番最初にできる工場。
設備投資も安いし、力なくても女性でも働けるから。
ネパールも、今後はインフラを整えなくて縫製を発展させてくのかな??
それとも、観光業で他の発展をするのかな。

いずれにしろ、この美しいサリーやkはいつまでも残してほしいなぁと勝手ながら思ってしまうのです。

次回は「ネパールでサリーをきてみたら」をレポートします☆
お楽しみに♫